徒然草の108段読んでギクッとした

寸陰惜しむ人なし。これ、よく知れるか、愚かなるか。愚かにして怠る人のために言はば、一銭軽しと言へども、これを重ぬれば、貧しき人を富める人となす。されば、商人の、一銭を惜しむ心、切なり。刹那覚えずといへども、これを運びて止まざれば、命を終ふる期、忽ちに至る。

されば、道人は、遠く日月を惜しむべからず。たゞ今の一念、空しく過ぐる事を惜しむべし。もし、人来りて、我が命、明日は必ず失はるべしと告げ知らせたらんに、今日の暮るゝ間、何事をか頼み、何事をか営まん。我等が生ける今日の日、何ぞ、その時節に異ならん。一日のうちに、飲食・便利・睡眠・言語・行歩、止む事を得ずして、多くの時を失ふ。その余りの暇幾ばくならぬうちに、無益の事をなし、無益の事を言ひ、無益の事を思惟して時を移すのみならず、日を消し、月を亘りて、一生を送る、尤も愚かなり。

この「108段」について賢者たちがたくさんの見解を披歴しているので、詳しい内容を知りたければ賢者の解説をご覧になってください。

文学からみた鎌倉時代」と言うテーマで「徒然草」を読んでいます。

きっかけは、「枕草子のたくらみ」と言う本でした。この本を読むことで「枕草子」は、ドキュメンタリーを文学的素養で書かれたために「文学」としての位置づけになってしまっていますが、この随想によって登場人物が生き生きと蘇ってきたことに新鮮な驚き(感動)がありました。

そこで「大鏡」を読むことで、といっても肝心な道長の手前で中断していますが、藤原一族への理解が深まりました。

これと同じように、文学を通して鎌倉時代を眺められないかと思って「徒然草」に手を付けてみました。兼好さんも、所々で清少納言や紫式部を礼賛していますし、手本にしている感じがありありです。

いまでは平安時代も鎌倉時代もはるか遠い昔のことになってしまいましたが、鎌倉時代からすれば平安時代は一時代前(といっても2百数十年前)で、いまよりは近親感もあったのでしょう。

冒頭に戻って、自分が何にギクッとしたことに触れます。

人の常として1円を疎かにするように「寸暇」を疎かにするものである。

そうした「刹那」を疎かにしているうちに寿命は尽きてしまう。

一日でご飯を食べたり、寝たり、移動したりと日常のことで多くの時間を費やす。

その残ったわずかな時間を、無益なことに使い、無益なことを会話し、無益なことを思索している。

せっかくこの世に生まれ死ぬまでの限りある持ち時間を疎かにすることの愚かさよ!

何にギクッとしたというと、「無為な時間」としてYouTubeやAmazon Primeの映画(例外は一部のドキュメンタリー)、そしてインターネットのニュースを意味もなく眺めている自分の「無為」さに気が付いてはいたものの、このようにはっきりと文字にして引導を渡されることでギクッとしたというわけです。

基本的にはインターネットに費やしている時間は、ほぼほぼ「無為な時間」と言えそうです。いまさらニュース見ても何かができるわけでもないし、ウクライナにロシアが攻め込んでも、中国が台湾に攻め込んでも、何かができるわけでもありません。

アベノマスクを不思議な経路で作り、全国民に配布して、しかも余ったマスクの倉庫費用がかさみ、だから輸送費を無料にして欲しい人にあげるとして、その費用のすべてが税金だからと言って何ができるわけでもありません。

人一人が憤死しても、その死に追い込んだ組織人たちは刑事では無罪。しかし民事では一転してすべての非を「認諾」して賠償金を請求通りに全額税金から支払うという国家的茶番を知ったからと言って何かができるわけでもありません。

自分が関与できないことに興味を持つことは、やはり「無為」なことだと改めて痛感します。

では、「有為な時間」とは何かというと、少なくとも「やろう」と思ったことにかける時間でしょう。「やろう」「やりたい」と思えることを見つけ、そこに能動的に時間をかけていくことが、向かいつつある死へのわずかながらの抵抗になりそうな気がしています。

とはいえ、漱石がなぜ「道草」と名付けた小説を書いたのか?「一度起きたことはいつまでも続く」とはどういうことを言いたいのか?周りは金で片が付いたと思っているものの、漱石は親切で遣った金だと思っている。つまり、金で始末はついてなどいない。拒絶すれば済む話でしかなかった。

関りができれば、そのことから受ける印象とか感情の記憶は、形を変えたとしても心のどこかにインプットされるということが言いたいことの最後のシーンになります。そして、人生で起きる全てのことは、生まれて死ぬまでの時の流れの中の「道草」のようなものであるということにも一面の心理があるように思えます。

道草」と言うのは漱石の捉え方であって、「道標」として捉えるのであれば、無為の道標よりも有為の道標のほうがたどりやすのではないかとも思えますが、難しい話は分かりません。