韓国映画「弁護人」を見て感じたことと調べたことなど

amazonのプライムで「弁護人」という映画を見ました。吹き替えなので、俳優の肉声を聞くことができず、演技との相乗は分かりませんでしたが、お隣韓国はすごい時代を過ごしてきたのだと思わざるを得ませんでした。

1981年に軍事政権下の韓国で実際に起きた冤罪事件である釜林事件を題材にしているそうで、廬武鉉(ノムヒョン)故大統領をモデルにしているそうです。

あらすじは、高卒で弁護士資格を取得する。しかし、学歴社会である韓国においては「ソウル大学」を出た弁護士でないと弁護士会や裁判官、検事の心象もよくなく(映画でもあるからなのか)露骨に表現されています。実際はどうなのかは知りませんけど。

そこで主人公は釜山で土地登記専門の弁護人になり、後に税金専門の弁護人になり、羽振りはよかったものの、よく行く食堂の息子が行方不明になり、国家権力による「赤狩り」に捕まっていることが分かる。

この映画の時代背景は朴槿恵さんの父である朴正煕が暗殺(1979)され、全斗煥が粛軍クーデターを起こす。それに対して大規模な抗議運動が展開され1980年に戒厳令を布告し徹底した弾圧をかけます。

そんな中、釜山の読書会メンバー22人を逮捕し、監禁し、拷問をして自白を強要。それに対して無償で弁護に立ったのが廬武鉉だったのだそうです。

この体制を「第五共和国」というそうで、現在の体制が「第六共和国」。1987年に朴鍾哲(パク・ジョンチョル)を警察が拷問死させたことで、彼が韓国の民主化闘争の象徴になっていきます。

映画では22人の被告は有罪になりますが、1999、2012、2014年と再審によって無罪になります。

日本では1933年に小林多喜二が築地署において特高警察による取り調べ中に「心臓麻痺」で死亡しています。

警察当局は翌21日に「心臓麻痺」による死と発表したが、翌日遺族に返された多喜二の遺体は全身が拷問によって異常に腫れ上がり、特に下半身は内出血によりどす黒く腫れ上がっていた。しかし、どこの病院も特高警察を恐れて多喜二の多喜二の遺体の解剖を断った。

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どこの国も、このような国家権力による横暴を感受しなければ民主主義を手にすることができないとするなら「民主主義」とはずいぶん授業料が高くつくものですね。日本の場合は戦争に負けてGHQによる人権指令により、治安維持法と共に特高警察は廃止されています。

戦争に負けていなければ、民主主義を勝ち取るために軍事政権を相手に民衆が決起したのでしょうか。明治維新だって、民衆の起こした体制の移行だったわけでもないので、なんともいえません。

思えば菅さんが総理になって最初の仕事が6人の学者の学術会議任命を拒否したことです。その背景に杉田という副官房長官が拒否リストを作ったのだそうで、政府はその理由を今に至るまで説明していませんので真相は不明です。「安全保障関連法案」「改正組織犯罪処罰法」「特定秘密保護法」などに反対していたことが共通しており、杉田副官房長官にとっては、そのことが許容できなかったのではないかと推測されています。

これが、戦前日本であったなら、あるいは、第五共和国体制の韓国であったなら、6人の学者は、さしずめ水攻めなどを含む拷問にかけられて転向を迫られていたのだろうと思えば、「民主主義」のありがたさを改めて感じます。

まとめ

特高警察や韓国の公安警察に好き好んでなりたがる人は、きっといないか少数派なのだと思います。しかし、ひとたび職に付けば、大方はこのような振る舞いをしていく中で、そのことが国家のためになるのだと思わざるを得なくなるのでしょう。

森友問題で、総裁選の立候補者4人のうち再調査が「不要」が3人で、「必要」が1人。決裁文書から「安倍昭恵」の名前を消せと命じる人がいて、そのことが出世につながる権力機構の流れがあり、一方で、それを強要されたことが負担になり、自己を追い詰めてしまう人もいるわけです。

民主主義」という国家の体制を標榜している以上、お題目では、国家は国民のためにあるのであって、国家のために国民があるのではないわけです。どうも、最近の日本は少し、国家権力を権力者側に都合よく引き寄せていることは否めないと思います。

次の総裁は、権力の透明性に、少しでいいから腐心してもらいたいと切に願うものです。